・・・・・・・・・・・誘惑の試着室<1>・・・・・・・・・・・
巴絵のマンションは都内でもやや都心からはずれた地域にある。
建物が密集する地域でないので、空き地や建築中の家なども目立つ、
そんな場所の低層のマンションに、今年短大を卒業して都内勤務の決まった巴絵は住んでいる。
もともと地方の資産家に2人姉妹の長女として生まれた巴絵は、
家族が反対するのを押し切って東京勤務を決めたのだが、
反対したとはいえ資産家の長女のこと、
やれ足りないものはないか体調はどうかと、しじゅう親から連絡が来る。
当然、勤務して得られる給料より高額な仕送りが毎月あって、
巴絵の財布には潤沢なものがいつも入っていた。
生まれ育った環境のせいで、巴絵はあまりいろ恋ざたには縁がなかったが、
それでも卒業をひかえた短大の最後の春休み、友人達と旅行と偽って、
高校以来の恋人だった同年の男と海辺のリゾートホテルに3晩を過ごした。
そのときが巴絵の初体験だったのである。
若さにまかせて巴絵の体を求める男の稚拙な愛撫にも、巴絵の体は2晩のうちにほぐされて、
3晩目の何回かの愛の交歓の後には、巴絵のほうから挑んだほどであった。
巴絵の下着の趣味が変わったのは、そのころだった。
それまでは親の与えてくれる、今どきの中学生でも穿かないような白無地コットンの、
お尻がスッポリ隠れてしまうようなパンティと、
まるでスポ−ツブラかと見まがうようなガード一辺倒のブラしか着けたことがなかった。
海辺のリゾートホテルで初めて彼の前に裸身をさらしたとき、巴絵は彼に
「あれ、巴絵ちゃんて、まるで中学生みたいな下着を着けてるんだぁ」
と、笑いをこらえるように言われてしまった。
巴絵はその時のことを思い出しては、顔が羞恥で染まるのをいつも意識していた。
その彼とも、あっさり別れて東京勤務を決めた巴絵だったが
(彼は巴絵に結婚を迫ったが、巴絵はもともと同年の男になど興味を持てず、
2人きりの旅行もいわば初体験を済ませたいがためのものだった)
独り暮しを始めて巴絵にそれまではまっていたタガが一気にはずれた、と言っても無理のないことである。
最初に巴絵が東京で探したものは、小ぎれいなランジェリー・ブティックだった。
あのとき彼に言われた言葉がトラウマのように、巴絵の心にひっかかっていたからだ。
巴絵が見つけたランジェリー・ブティックは、
いわゆる中心地にあるような人を見下すような雰囲気の店ではなく、
小ぢんまりとしていて清潔感のある、いかにも若い女性の好みそうな店だった。
巴絵が訪れたとき店には他に客はいず、店主らしい三十代後半と見える女性が、
ゆったりと紅茶のカップを手に海外のファッション雑誌を眺めていた。
赤皮の膝上スカートに、純白のブラウスからはうっすらブラが透けている。
長めの脚には着けていないようにしか見えないストッキング、
黒スェードのパンプスに黒の太い目のベルト、
髪は上品な栗色に染めて化粧も巴絵などの知らないタイプの独特なものだった。
赤皮のスカートと濃い目にひかれたルージュの赤が良くマッチしている。
巴絵の訪問に女性がにこやかに立ちあがって
「いらっしゃいませ。このお店は初めてね?」
と優しく応対してくれた。
「はい、あの・・・・」と言ったまま黙ってしまった巴絵に、女性はさらに優しく
「この店においている品物は、みんな私が選んで買いつけた、この店にしかないものなの。
失礼な言い方ですけど、あなたのようなお若い方には、ちょっとお値段がはるかもしれなくてよ」
とにっこり微笑んで、微塵の皮肉も感じさせずに言った。
この言葉と雰囲気に、もともと育ちのいい巴絵は心がなごんだ。
「あの、あたし地方から東京に引っ越してきたばかりで、
あたしの育ったところには、こんなステキなお店がありませんでした。
ぜったいにこちらの品物を身につけたいと思って来たんです」
と一気に言った。
この脈絡のない言葉にも店主の女性は嫌なそぶりさえ見せず、あいかわらず優しい笑顔で
「そうでしたの。それは失礼致しました。」
と深々と巴絵に向かっておじぎをした。
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